スポーツ選手の中には、愛されるがゆえに個性的な相性をファンから付けられることがあります。そこでこの記事ではスポーツの中でも特に個性的な相性が多いとされるラグビー選手の相性を紹介しています。しかもこの記事で紹介している浅原拓真は現役生活を終えても尚、ラグビーに関わるほどのラグビー好きな経歴を持っている人です。また、浅原拓真は松島幸太朗との仲良しエピソードもあるので、交友関係含め魅力を満遍なく紹介しています。
浅原拓真のニックネーム
元ラグビー選手の浅原拓真には、バズというニックネームがつけられています。このニックネームが付けられた理由は諸説ありますが、一番有力なのは浅原拓真がトイストーリーに登場するバズライトイヤーに似ているからです。特にがっしりとした体格とロケットの先端を思わせる輪郭は、紫の色の全身タイツの上に剣道防具のようなものを身に付ければ、名実共にバズライトイヤーになるのではと個人的には感じています。
そんなバズライトイヤーに似ている浅原拓真は、現役時代のチームメイトからバズと呼ばれることも多かったようです。なお、過去のインタビューなどを調査した結果、バズという愛称は浅原拓真が東芝に所属していた2010年には既に確立されていたことが分かっています。当時はチームのことで喧嘩することも多かったらしく、それでもチームでいられたのは東芝のラグビーチームの文化だった影響が大きいようです。時には殴り合いの喧嘩もしていたそうなので、バズライトイヤーがウッディーと喧嘩している様子とそっくりだったのかもしれませんね。
多才なバズライトイヤー
浅原拓真はラグビー以外にも画家のバズとして知名度を得ています。インタビューによると幼少期から絵を描いていたらしく、本人はいたずら書きのつもりで描いていたものが徐々にその経験を経て周囲から評価されるようになったそうです。しかも、学生のときは体育祭の旗や学園祭の入場門のデザインも担当したことがあるようで、そんな趣味は結婚しお子さんができた現在も続いています。しかし、育児と現役時代を両立していたころは、疲れたら絵を描かないようにしていたと語っています。浅原拓真がそれでも絵に対する意欲が衰えなかったのは、iPadの影響が大きかったようです。普通の人がスマホでブラウジングする時間を全部iPadによるお絵描きに当てていたため、趣味として充実したお絵描きライフを楽しんでいることがインタビューによって分かっています。この様な地道な努力の影響もあり、過去には所属チームのグッズデザインを手がけたこともあり注目を集めています。
浅原拓真の経歴について
浅原拓真がラグビーを始めたのは6歳の頃からでしたが、ずっとラグビーだけをしていたわけではなく、中学生の頃はバスケットボールをしていました。しかし、高校生になったら再びラグビーをしたいと思っていたらしく、甲府工業高校に進学してから再びラグビーに熱中しています。本人曰く高校生のラグビー練習は想像しているよりも遥にきつかったようで、先輩が全員帰らないと後輩は帰れないという風習があり、疲れたときは先輩に早く帰れと心の中で強く思っていたと応えています。また、クラスに女生徒が2人しかおらず、途中で1人やめてしまったため、ほとんど男子校のようなノリや風習に苦しめられながら勉強とラグビーを両立していたようです。
大学生以降の経歴
高校の厳しいラグビー生活を体験しても尚浅原拓真がラグビーをしたいと思えたのは、法政大学のセレクターから声がかかったからです。セレクターとは会社でいうスカウトのような人材で、浅原拓真は羽中田譲という方から声がかかり法政大学のセレクションを受けて入学が決まりました。他にもいくつかの大学から声がかかっていたらしいですが、浅原拓真曰く法政大学のジャージが格好良かったから選んだそうです。皆さんも高校や中学で初めて制服を着るようになってから、他の学校や進学先の制服が気になっていた時期があると思います。大学生になってもそんな子供らしい考え方の浅原拓真ですが、大学では2年生になってからレギュラーの座を勝ち取っています。そして2008年に開催された第62回東西学生対抗試合のメンバーに選出され、2009年度リーグ戦グループベスト15に選ばれるなど怒涛の活躍を見せています。
大学卒業後の経歴とは
浅原拓真が法政大学卒業後に所属したのは、東芝ブレイブルーパス東京です。所属年数が9年と現役時代の中では一番長く、2013年には日本代表の初キャップを獲得しています。日本代表では得点に絡むプレーを魅せることが多く、合計12回のキャップで10得点を記録しています。さらに2016年から加入したスーパーラグビーのサンウルブズでは、得点をあげることはできませんでしたが43回の出場を記録し、多くのラグビーファンの心に残る選手になりました。
浅原拓真の交友関係
浅原拓真のラグビー歴の中で、本人が一番仲が良いと断言しているのが松島幸太朗です。仲良くなった切っ掛けは2人が同じ日本代表に選ばれたときで、なぜか同じ部屋に割り振られることが多かったそうです。そのため話すことが多く自然に仲良くなり、浅原拓真曰く途中から松島幸太朗と同じ部屋になれなかったことを寂しく思うようになったと語っています。また、2014年に浅原拓真が日本代表から漏れて海外へ練習にいったときも、偶然松島幸太朗と会って一緒に練習していたことをインタビューで楽しそうに語っていました。
浅原拓真曰く、松島幸太朗は車を持っていたから色々な場所に連れていってもらったそうです。浅原拓真はそんな仲良しエピソードを松島幸太朗の彼女のような感じだったと振り返っていたことがあります。浅原拓真が現役を引退して、監督になってからもそんな関係は続いているようで、一緒に食事をしたり遊んだりしているようです。浅原拓真曰く、松島幸太朗は大勢の人とわちゃわちゃするのが好きではないらしく、浅原拓真と一緒にいることで隠れ蓑に使えるから波長が合うのではないかと分析しています。
まとめ
浅原拓真は、バズライトイヤーに似ていることからバズという愛称がつけられています。バズの愛称はファンだけでなく企業からも注目されており、画力の高さもあることからグッズのデザインを担当し話題なったことがあります。また、交友関係においては松島幸太朗と仲が良く、現役時代から一緒に練習したり2人で車デートをしたりしており、今でもその関係は続いています。










