1994年から色々なラグビーチームの監督やサポートスタッフを歴任してきたエディー・ジョーンズですが、強いチームを作るために多くの格言を残してきた存在でもあります。そこでこの記事では、エディー・ジョーンズが残した数々の名言を紹介しています。指導歴や選手とのエピソードも交えて紹介しているので、どういった場面でその名言を残したのかが分かるようになっています。
失敗に関する名言とは
エディー・ジョーンズは講演を開催したときに、チームや選手の失敗に対して成功のサイクルは失敗から始まると発言したことがあります。日本にも失敗は成功の素という格言があるほどなので、講演参加者も海外でも同じ考えをしているのかと親近感を得た人が多かったようです。この名言を受けた上での筆者の私見ですが、ラグビーは選手同士の激突が激しいスポーツな上に、格闘技とは違ってそれが複数人で入り乱れる状況があります。恐らくどんなに冷静な選手でも、タックルしたときの様子を客観的に見れている選手は少ないでしょう。そこでまずは失敗でもいいからセットプレーをやってみて、あとからどこが失敗だったのかを議論するほうが効率的だと思います。この様なことからエディー・ジョーンズは成功のサイクルは失敗から始まると発言したのではないでしょうか。
コミュニケーションに関する名言
エディー・ジョーンズはチームメンバーを発表するときに、コミュニケーションができていないプレーヤーを練習から外していきますと発言したことがあります。確かに日本のラグビーチームは、多国籍で言葉の壁を感じそうな雰囲気がありますが、だからといってコミュニケーションすることを諦めてしまっては、何も話し合うことができません。そして失敗してから、なんであそこはあんなプレーだったんだともめ事の原因になってしまいます。しかし、エディー・ジョーンズが担当したチームはどのチームも積極的にコミュニケーションを取るよう心がけており、率先して海外の人が日本語を勉強したり、日本人が英語を勉強したりする様子がインタビューで語られていました。
練習環境に関する名言について
私はハッピーなチームにはしたくありません。居心地がいいと能力は発揮できないという言葉は、エディー・ジョーンズがチームの練習環境に関する方向性を決めたときに発言したものです。確かに体に楽な負荷を与え続けるだけでは筋肉を鍛えられませんし、世界のラグビーチームには思いもよらない戦略を取ってくるチームも存在します。しかし、常日頃から負荷を与え続けることで、その状態に慣れ、さらに強い負荷を掛けられるようにしていけば、選手はさらに過酷な状況にも対応できるようになると思います。アニメ好きの人にも分かりやすく説明すると、ドラゴンボールの精神と時の部屋と同じような原理だと思います。セルゲームの前の孫悟空も、常時スーパーサイヤ人になることで、体を慣れさせて強くなっていました。同じような原理でエディー・ジョーンズのラグビーチームも強さを手に入れているものと思われます。
新しいことを導入するときの名言
どんなスポーツでも監督が選手に新しいことをやらせようとし、練習では分かりましたと言っていた選手が、試合では指示した通りに動かないということはよくある話という発言は、エディー・ジョーンズの長い監督経歴の中で判明した事実です。というのもラグビーは中核を担う選手が何年も同じポジションになることが多いスポーツです。そのため、常に新しい戦略を取り入れようとすると、従来の良さが損なわれてしまい、国際試合では対して練習もしていない戦略で戦うことになります。これでは選手達も思いっきりプレーすることができず、何もできずに負けてしまう可能性があります。対して既存の戦略を磨き続ける方針なら、仮に新しい選手が入ってきたときもその選手を今のシステムにどう組みこむのかを考えるだけでよくなります。また、新しい戦略を導入するにしても、1回で成功させようとは考えず、少しずつ変えていくことがチーム全体の強化に繋がるのではないでしょうか。
ラグビーの試合に関する名言
ラグビーの試合は状況判断の連続だとエディー・ジョーンズはインタビューで応えています。実はラグビーって1試合当たりのホイッスルが非常に多い競技として有名で、サッカーが1試合当たり50回程度のホイッスルで済むこともあるのに、ラグビーは平均80回以上もあります。つまり、80分の試合で1分に1回ホイッスルが鳴っているため、ホイッスルが鳴る度に試合がどういう状況なのか考える必要があります。つまりエディー・ジョーンズは、ホイッスルが鳴る度に状況判断を的確にできる選手になることを推奨しているわけです。観戦者の立場では体のぶつかり合いが激しい競技という認識ですが、この発言を受けてそれ以上に高度な思考戦を繰り広げているのがラグビーなんだと思いました。
エディー・ジョーンズの経歴
エディー・ジョーンズの最初の指導歴は、1994年オーストラリアのランドウィックというチームのアシスタントコーチです。翌年から1997年まで日本の東海大学やラグビー日本代表でアシスタントコーチを担当しています。その指導力を見込まれ、1998年から2009年まで以下に紹介する世界各地の名門チームで監督やテクニカルアドバイザーを経験しています。その後日本に戻ってきたのが2009年で、2015年まで東京サントリーサンゴリアスやラグビー日本代表のヘッドコーチを担当しています。そして2015年からは再びイングランド代表やオーストラリア代表など海外チームの監督を担当し、再び日本に戻ってきたのが2024年で、現在に至ります。
| 年 | チーム名 | 役職 |
| 1998年から2001年 | ACTブランビーズ | ヘッドコーチ |
| 2001年から2005年 | オーストラリア代表 | ヘッドコーチ |
| 2006年 | サラセンズ | テクニカルアドバイザー |
| 2007年 | クイーンズランド・レッズ | ヘッドコーチ |
| 2007年 | 南アフリカ共和国代表 | テクニカルアドバイザー |
| 2007年から2009年 | サラセンズ | テクニカルアドバイザー |
エディー・ジョーンズと共鳴した選手
歴代の日本代表の中で最もエディー・ジョーンズをリスペクトしているのは、田中史朗です。田中史朗は、2015年のラグビーワールドカップで日本代表として南アフリカに勝利したチームのメンバーです。練習中はエディー・ジョーンズと何度もコミュニケーションを行い、作戦の立案から実行まで率先して行っていたそうです。特に有名なエピソードは、エディー・ジョーンズがチーム練習の時間の時にとにかく走れと言われたときにあったひと悶着です。田中史朗はその時、ただ走るのならフィットネスやシャトルランをやれば良いとエディー・ジョーンズに詰め寄ったそうです。そしたら、エディー・ジョーンズは迷わず疲れたときに相手より先に走る癖を付けるために走るんだと応えたそうです。その結果、南アフリカ戦の逆転勝利に繋がったと田中史朗は応えています。
まとめ
エディー・ジョーンズは実に理にかなった名言を沢山残しており、それぞれに必ず意味が存在します。特にコミュニケーションに関する名言は、多国籍チームである日本代表に向けた的確なアドバイスで、素人の筆者から見てもなるほどと思えるほど分かりやすかったです。また、失敗や練習環境に関する名言もエディー・ジョーンズならではの考えがあって練習内容を決めているように思えました。2024年から再び日本代表チームのヘッドコーチを担当しているので、ぜひ次回の大会でも好成績を残してほしいですね。










